top of page
翼文庫
Little Hiyori and Tyobi
海と島の私設図書館めぐり
~ミステリーツアー~
巣立ちをした雛たちは、飛行訓練や餌をとる練習などを積み、”渡り”に備えます。
夜は、川辺りの藪などに集まって過ごします。
もしかしたら渡りのルートや中継場所、水場や安全な寝床のありかについて、先輩のツバメから教えてもらってるのかも?
~目次~
・ミステリーツアー
『南へ!つばめと図書館の物語』
・孤島ミステリー 江戸川乱歩と横溝正史
乱歩が選ぶ海外ミステリー10選
翻訳家 横溝正史
・本の紹介
『キングストン私設図書館』
『猿ヶ島』太宰治
『ガンジー島の読書会』
ミステリーツアーへ
アンカー 1
南へ!
~つばめと図書館の物語~
海辺の小さな町に、古びた私設図書館がありました。そこに集まった女の子たちとツバメの物語。
◆読書クラブ
新しいアイディアを考えるのが好きなリネ、注意深くて行動力のあるベルタ、感激屋で泣き虫のヴァレ、陽気でお喋りなアナ。4人は町の小さな図書館で知り合いました。
図書館は、もとは宿屋だったという石造りの古い民家を利用したもので、居間が閲覧室で、客室はそれぞれ書庫になっています。その昔、戦争から戻ってきた青年がはじめたらしいという噂でした。
今は、町のボランティアで運営されていますが、資金不足と人手不足が重なって、貸し出しや返却の手続きは、すべて利用者まかせ、当然、修繕もおいつかず、朽ちた塀の穴からは庭が丸見えです。
少女たちが、図書館の一室である狭苦しい家事室に集まりはじめたのは中学生になってすぐのころでした。その年、リネに新しい父親ができ、ベルタの母は家をでました。ヴァレは化粧に興味を持ちはじめ、そしてアナは検査で自分に免疫性の疾患があることを知ったのです。
図書館の家事室は、建てつけのテーブルや棚が機能的に並び、庭が見える小さな窓があります。自分を守るのにうってつけの場所です。その上客室(書庫)に通じる小さな階段もあるのです。
ただし、自分だけの秘密基地というわけにはいきませんでした。家事室を気に入った4人は、しかたなく家事室を共有することにしました。
それでも、少女たちは、恋愛小説や推理小説、怪奇小説、SFを読んだり、ねそべってお菓子をつまんだりしながら気ままに過ごせる避難所を手に入れたのでした。
ところが、しばらくすると、狭苦い家事室に集まって本を読む彼女たちを学校や家の大人たちがあやしみはじめました。
最近ベルタは、授業中に先生たちを質問攻めにして閉口させています。些細なことを気にしすぎるヴァレは音楽クラブになじめずに、先月クラブを辞めてしまいました。つい余計な一言が口から出てしまうアナは、クラスのはみ出しものになりかけています。
そして先週、放送部のリネは選曲はクラッシックにかぎるというルールを無視して、昼休みにヒップホップを流したのです。
”やりすぎ””要注意”の烙印を押された4人。奇天烈なストーリーの小説を読んで、極端なことをしでかすんじゃないか、生意気なことを言い出すんじゃないか。
学校や家の大人はついに家事室から、いいえ、図書館から4人を追い出しにかかりました。
そんな、ある日、リネがいいました。
「読書クラブってことにしよう!。」
読書クラブ、それはちょっとした勉強会みたいな響きがあって、大人の目を誤魔化すのにはぴったりの名前でした。
ところが、不思議なことに名前がついたとたんにいろんな依頼が舞い込んできました。
小さなこどもたちへの読み聞かせやお年寄りへの朗読会、、
今日も彼女たちは、初夏の暖かい陽ざしの日曜の午後、町の広場に集まって、読書クラブ主催の人形劇をしています。
その様子を一羽のツバメがケヤキの枝にとまって眺めています。
◆ツバメ
このツバメは、春に図書館の軒先で生まれました。
ツバメの巣をまっさきに見つけたのはヴァレでした。
「雛だわ!」
雛の鳴き声に耳をすませると、ヴァレは声を震わせて叫びました。
ベルタが、すぐさま『頭上つばめの巣あり!注意!』と貼り紙に書くと、手際よく糞よけの板をとりつけにかかりました。
リネは、ツバメの図鑑を探しに書庫へとむかいました。
「すごい!つばめって1000キロも旅をするって書いてあるわ!」
「寝ながら飛び続けるなんて!」
アナは、リネの広げた図鑑をのぞき込みます。
糞よけを完成させたベルタも家事室にもどってきました。三人はゆっくりと図鑑をめくります。
ただヴァレだけが、『幸せの王子』を開くと、涙を浮かべながら読んでいます。
図鑑を覗き込んでいたヴァレ以外の三人は、ある写真をみつけて同時に眉をひそめました。
―ツバメの親が、弱い個体に餌を与えず巣の外につまみ落とすことがある。
そう書かれた横に、親鳥が、まだ毛も生えそろわない雛、他の雛たちよりも一回り小さな雛を巣からつまみ落とそうとする写真が載っていました。その下には、
―他のオスがきてツバメの雛を巣から落とすことがある。
ともあります。
弱い雛には寄生虫がつきやすいので、他の雛を守るために、又、つがいでないオスが自分の子供をメスにうんでもらうためと、それぞれ理由が小さく書かれています。
どんな理由があるとしても邪魔もの扱いされる小さな雛の話が三人を黙らせ緊張させました。
その時、オスカー・ワイルドを読み終わったヴァレが、ため息をつきながら三人を振り返りました。
三人はあわてて図鑑を閉じました。
ヴァレの膝の上には、一つ残らず宝石をはずした王子の塑像と足元で凍えて死んだツバメの挿絵がみえます。
「王子とツバメは、最後にどうなるんだっけ?」そ知らぬ顔でベルタが聞くとヴァレが鼻をすすり上げながらこたえました。
「ツバメは凍え死ぬ直前に王子にキスをするの、その瞬間、鉛の心臓は音をたてて二つに砕けて、、。」
「王子は、溶鉱炉で溶かされる。鉛の心臓だけはどうしても溶けなくて、ツバメと一緒にゴミ溜めに投げ入れらてしまう。」
「神が、町で一番美しいものを連れてくるよう天使たちにいうと、天使たちは、まっすぐそのゴミ溜めに降りていくわ。そうして王子の心臓とツバメを天上に持ち帰るの。」
閉じた本を表紙を何度もさすりながらヴァレは話しました。
「志の無い知恵は翼のない鳥にひとしい。」リネがつぶやきました。
「ツバメの絵の栞を作って図書館に置こうよ。」ベルタが言うと
「忙しくなるわね。」アナがはしゃぎました。
彼女たちは、時間をかけて丁寧に栞をつくりました。そして、図書館のカウンターに置きました。
名前だけ借りたハズの読書クラブでしたが、ツバメの栞をきっかけに、読み聞かせや朗読会の依頼が舞い込むようになりました。
図書館を利用する大人たちは、学校以外の少女たちの顔を知っていたので、本を読むことで、この少女たちが危険な方向へ向かうことはないと感じていました。それから、ちょっぴりあぶなかっしい少女たちを心配していたのでした。
日曜の午後の人形劇の日、この日も人形劇が終わるとツバメの絵に言葉が手書きされた栞が、集まった人たちに配られました。
片付けが終わるころには、傾いた陽ざしがケヤキの木の陰を長くしていました。
枝にとまっていたツバメは、もうどこかにいってしまっていました。
◆南へ
ツバメは、自分勝手に泣いたり喜んだりする人間が不思議でした。
―自分には行かなきゃいけない場所がある
―どうしてもやらなくちゃいけないことがある!
―思うより考えるより先に!
巣立ってから、ツバメは毎日飛行訓練と餌をとる練習を繰り返してきました。
旅立つ日にそなえてツバメは注意深く町や川べりを飛びました。
夜は、川べりの草むらに仲間みんなで集まります。
蛇が、まだ飛ぶのがおぼつかないツバメの子を狙っています。ツバメの子は、葦の先にとまって半分うとうとしながらも決して気は抜けません。
夜、葦の草むらに返ってくる仲間の数は少しずつ減っていきました。
大ぜいの仲間が猫やいたちやカラスにやられました。
残った若いツバメたちには、もう雛鳥の面影はありません。
雨が強く降った日の朝、とうとうその時がやってきました。
ツバメたちは、いっせいに渡りはじめました。
雨粒も風もツバメを止めることはできません。
ツバメたちは、目の前の大きな雨雲にむかって飛びます。
雨雲をぬけたツバメは、海の上にでました。
ツバメは、はじめてイルカの群れをみました。
どれくらい飛び続けたでしょう。ツバメの前に、城壁に守られた古い町があらわれました。
細い路地を抜けて、広場にでると、どこからかお話を読む声が聞こえました。
その声を懐かしく感じたツバメは、窓にとまって家の中をのぞきました。
どうもここも小さな図書館のようです。
子どもたちが、くいいるように絵本に魅入っています。
―人間て不思議だなぁ。人間はお話が好き!
ツバメは首をかしげました。
そこは生まれたのとは別の大陸、別の世界。
風ののって、ツバメは、古い町並みを通りぬけます。
ツバメは生まれ育った町を思い出しました。
その時、翼がツバメを空へと連れさりました。
思うより考えるより先に
町の影は遠くに霞んで、いつのまにか砂漠の上を飛んでいました。
岩でできた街が突然目の前にあらわれました。
人の気配はありません。
広い砂漠の上をツバメは何日も何日も休まずに飛びました。
ツバメは力のかぎり翼を広げました。
太陽が広げた羽の一枚一枚を照らします。
ツバメは、夕闇の葦の草むらで、もう何度か渡りをしたツバメが、彼に教えてくれたことを思い出しました。
―きっと水飲み場があらわれる。それまで飛び続けるんだ!
その時、遠くに小さなオアシスが見えました。
小さなオアシスで、ツバメはごくごくと美味しそうに水を飲みました。
もうすぐこの長い旅がおわることをツバメは知っていました。
ツバメは、力をこめて舞い上がりました。
―あそこだ。僕の町だ!
町へむかって飛び続けるツバメは、途中で農園で働く子供たちをみかけました。
―お話を読んでもらってるかな?たくさんお話を読んでもらえるといいけど。
ツバメは思いました。
―だって、人間はお話を聞くのが大好きだから。
長い旅のすえ、ツバメは、もう一つのふるさとに着きました。
ツバメは、仲間を探して、町の家並みの一つ一つをたずねました。
赤い屋根の建物から、子どもたちの声が聞こえてきました。
―紙の本じゃないけど、どうもお話を読んでもらってるみたいだな。
ツバメは窓から教室を眺めます。
ズラリと並んだ黒い箱。光る硝子の画面をみつめる彼らの目は、本に魅入っている時の不思議な輝きと同じに思えました。
その時、たくさん並んだ黒い箱の一つから、聞きおぼえのある声が聞こえました。
「あら窓にツバメがとまってない?」
「どこに?」
「ほら、あの木の枝!」
「英語で聞いてみて!」
―あれは魔法の箱かしら
ツバメはびっくりしました。
―あの箱に飛び込んだら、懐かしいふるさとにいけるかしら
その時、考えるより思うより先に、彼の羽が彼を空へとつれさりました。
その空に、この町で初めて会う仲間のツバメが待っていました。
~おしまい~
~本の紹介~
『幸福の王子』オスカー・ワイルド
友だちのツバメたちは、とっくに旅立ったのに、葦に恋をして町にとどまっていたツバメ。町の広場に立つ王子の銅像が、自分に埋め込まれた宝石を気の毒な人たちに届けてくれるよう頼みます。「エジプトに旅立つ」というツバメですが、、
あらましはなんとなく知っていても、実際には読んでない名作ってありますよね。「幸福の王子」ってそんな作品ではないでしょうか。恋敵の風にやきもちをやくツバメ、涙というものがどんなものか知らなかったと語る王子、、。味わい深い全文の翻訳が、青空文庫で読めます。
徹底した自己犠牲の中で、ツバメを道連れにする矛盾に惹かれました。
『ツバメと乞食の子』小川未明
村人を困らせる乞食の子は、村中から嫌われています。つまはじきものの乞食をツバメが「私たちの故郷へいかないか」と誘います。どうやったらツバメになれるのかと乞食の子は、涙を流します。
人間をスッパリとやめてツバメになった乞食の子が取り戻した自由と尊厳の物語。
小川未明はツバメが登場するお話や詩をたくさん書いています。遠く離れた土地を行き来するツバメの習性に、囚われから自由への反転を感じていたようです。「木と鳥になった姉妹」こちらもおすすめです。
アンカー 2
~Tea break~
アンカー 3
~縁(ふち)と縁(えん)~
日本の島の数は、なんと6800あまりあるそうです。そのうち約400島が有人島、残りは無人島です。『十角館の殺人』『孤島パズル』『オーデュボンの祈り』『黒祠の島』『すべてがFになる』、、島を舞台にした本格推理小説がたくさんあるのもなんだか頷けます。
日本ミステリーの土台を作ったともいえる江戸川乱歩と横溝正史も、もちろん孤島ミステリーを書いてます。お二人は海外ミステリーの紹介に熱心でした。
◆江戸川乱歩の孤島ミステリー
『パノラマ島奇譚』は、貧乏小説家が、大金を手に入れ、無人島に自分だけの理想郷を作ろうとする奇想天外な物語です。エドガー・アラン・ポーの『アルンハイムの地所』『ランダーの屋敷』に大きな影響を受けていたといわれています。
◆海外ミステリー10選
海外探偵小説の分類表もつくっていた乱歩ですが、自身による海外ミステリー小説ベスト10を選書しています。乱歩が「これらの諸作を読まずして本格的探偵小説を語ることはできないのである」と言い切ったミステリーがこちらです。
◆横溝正史と孤島ミステリー
『獄門島』は、”家”の存続にかかわる連続殺人事件の謎を名探偵金田一耕助が解く長編推理小説。俳句見立てた殺人が次々に起こるのですが、これは、横溝正史が疎開中に読んだクリスティの『そして誰もいなくなった』をヒントを得ています。
生涯にわたりクリスティを尊敬していた横溝正史は、様々なトリックをアレンジして自作に使ったり、日本を舞台にして書き直したりしています。
また、海外ミステリーを翻訳もしています。翻訳家したいくつかの作品は今も読むことができます。
(横溝正史訳 ヒューム「二輪馬車の秘密」 ウィップル「鍾乳洞殺人事件」については『横溝正史翻訳コレクション』で読むことができます。)
~本の紹介~
私設図書館や島が登場する小説を紹介します。
『キャクストン私設図書館』 ジョン・コナリー 著
実体化した登場人物たちが住む図書館という設定に驚かされます。
ドラキュラやオリバー・ツイスト、ハムレットが住む不思議なキャクストン図書館に、読書好きのバージャー氏が迷い込みます。アンナカレーニナを救うために彼がとった行動とは、、。
本に関する短編4作を収録。キャクストン図書館が舞台の話は、他にホームズを主人公にした話が入っています。
『猿ヶ島』 太宰 治 著
太宰治による大人向けの寓話。
海を越えてある島にたどり着いた一匹の猿。島の全貌を知ろうとした彼が見たものは!
青空文庫で読めます。あっと驚き、クスクスと笑い、哀しみがしみわたる、、そんなお話です。
『ガンジー島の読書会』
第二次世界大戦中、唯一ドイツ占領下におかれたガンジー島。
戦争で傷をかかえた女流作家が、島で行われていた読書会の秘密にたどりつきます。
本に書いた連絡先から手紙のやりとりが始まるのがとってもロマンチック。一冊の本が結びつける愛のゆくえ、、。
お読みいただきありがとうございました!
翼文庫”海と島と私設図書館”最終回、ホントは書き込み自由の私設図書館に行ってみたかったのですが、旅立てず、、ミステリーツアーになりました。
ツバメが飛んだ架空の町を想像していただければ嬉しいです。
次回は、お菓子の旅や海外短編集紹介~パート2~を載せる予定です。翻訳短編小説の他に、日本の近代文学作家の知られていないけど面白い短編を拾い集めて紹介したいなっ、て思ってます。
よろしくお願いします!!
bottom of page