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翼文庫
Little Hiyori and Tyobi
遠野まつり~南部囃し~
鍋倉城~遠野市~
鎌倉時代以来、400年にわてって阿曽沼氏が支配した遠野。阿曽沼氏滅亡すると、領主不在となり、旅人の姿もみかけないほど、治安が悪化しました。
その後、八戸から南部藩が入部し、鍋倉城を居所として、城下町の整備に取り組みました。
わたしの遠野旅
遠野に行ったのは、数年前。今回は、その記憶を辿ってみたいと思います。
まず、遠野駅に降り立つと、まっすぐに伸びた大通りが印象的でした。
駅近くのレンタルサイクルで、いつものように自転車を借りました。
ちょうどお昼に着いたので、まずは腹ごしらえ。何か郷土料理的な定食をたべたいなぁ、、とあたりを見まわすと、『遠野郷土料理ございます!』そんなうたい文句の看板が目に入りました。
ひっつみ“
鶏の出汁に野菜を煮た鍋に、練った小麦粉を手でちぎって入れる。岩手や青森の郷土料理。
お腹も一杯になって、元気の出たところで、大通りを自転車で行くことにしました。
季節は春。遠野の空は少し曇っていて、肌寒かったです。自転車を漕いでしばらく行くと、南部神社の鳥居に突き当りました。奥には階段があり、鍋倉公園の入り口となっています。階段をのぼると、そこが鍋倉城があった場所です。そこから遠野の町を一望できました。
城下町遠野
かつて、武家屋敷や警護の同心町、町人街、大工などの職人街が整備された鍋倉城下。まっすぐに伸びる道路はその名残りでしょうか。
沿岸部と内陸の交通の要所だった城下町遠野は、沢山のヒトやモノが行きかう賑やかな場所でした。市が催され、商家もつらなり、様々な情報が交換され、物語の集まる街。
『遠野物語』では、そんな町の文化と繋がりつつ、一方には山や里の文化があった遠野の世界が、不思議妖しく語られます。
『遠野物語』
明治43年に柳田国男により自費出版された。定価50銭で350部刊行。大半が友人知人に寄贈された。
遠野市出身の佐々木喜善から、子供の頃から聞かされたり土地に伝わる話を柳田国男が聞きとったもの。
『遠野物語拾遺』
『遠野物語』の反響により、各地から寄せられた拾遺299話を追加した『遠野物語増補版』が発表された。
”子どもの味方の神様”
~『遠野物語拾遺』
元気な子供たちが、乗り回したり、引き倒したりしながら楽しそうに遊んでいるのは、馬頭観音や古い仏像。当然、それを見かけた大人は、子ども達を咎めます。
ところが、子どもを咎めた大人たちは、皆病に倒れてしまい、、その上、夢にあらわれた神様から『せっかく楽しく遊んでいたのに!』と叱られます。
夢の中で神様たちは、子どもを𠮟りつけた大人の行為を”お節介”で”気が利かない”、”分をわきまえないはた迷惑なもの”として断罪します。
仏像を倒したり乗り回したりなんて、罰当たりじゃないですか?きっと誰でも注意しちゃいうと思うのですが、、。
仏像や石像で遊ぶという常識から逸脱した行為が、まるで尊く神聖な神事のように描かれています。
村の馬頭観音を子供たちが持ち出して、坂で投げ転ばしたり、そりにして乗りまわし遊んでいたのを別当殿が注意すると、その夜、注意した別当殿が病に寝込んでしまう。巫女に聞くと、せっかく観音様が子どもらと楽しく遊んでいたのにお節介されたのが気に障ったというので謝ると病が治った。土淵村の話。
阿修羅社の三面仏(五尺ある大きなもの)を子供たちが持ち出して、坂下の沼に船にして遊んでいたのを注意した大人が、かえって阿修羅様に祟られて、巫女を頼んで謝った。柏崎村の話。
十王堂の古ぼけた仏像を子供たちが持ち出して、馬にして遊んでいるのを近所のものが叱り飛ばして仏像を堂におさめたが、その夜、その男は熱を出し、十王様が枕もとに立ち、「せっかく子供たちと面白く遊んでいたのになまじ気をきかしたふりをしてとがめだてするなど気に入らぬ」とお叱りになった。巫女に頼んで、これから気をつけますということで許してもらった。遠野町会下の話。
お大師様に縄をまいて引きずりまわして喜んで遊んでいる子供たちを見とがめたて止めた人が、その晩枕もとに立ったお大師様が「せっかく面白く遊んでいたのに邪魔をした」と叱った話。遠野町、上組町の話。
琴畑の部落の入り口にある古びた木像を子供たちがソリにして遊んでいるのに小言をいった老人が、その夜から高熱を出した。
~『遠野物語拾遺』
かねなり
米粉で作った小判型の団子を焼いて胡桃醤油でしあげたお菓子。
神様と遊ぶような感覚。そんな記憶がありますか。
『遠野物語拾遺』のこのお話、町の子どもも、村里の子どもも登場してます。神様は、どこにいるのか?お空の上?三途の向こう?自然の中に?
どうやら無心に遊ぶ子供の傍にいるようです。
そんな遠野に”子どもの森”という素敵な図書館があります。
建築家安藤忠雄さんから建物を寄贈され、岩手県遠野市が運営している図書館。
天井まで届く本棚には、表紙が見えるよう固定して並べられています。読みたい本を見つけたら、同じ本を下から手にとれるよう工夫されています。
この世界と別の世界をツナグもの
さて、思い出の旅を続けます。
遠野の町外れまで自転車を走らせました。目指したのは「卯酉子神社」。鳥居や神木に渡された綱に何百もの赤い布が渡されていて、独特な雰囲気が漂っていました。
「卯酉子神社」は、願掛けをすると願いが叶うという言い伝えのある、いわば”この世からあちらへ何か発信するような場所。異界へのコンタクトを担った場所です。一歩足を踏み入れると、その非日常的な空気に圧倒されました。
『遠野物語拾遺』では、大人が巫女を通して神様に謝罪します。巫女は、この世から別の世界へ、メッセージを届けることができるのです。
異界へ通じる巫女や卯酉子神社。遠野には『供養絵』というあの世での幸せな生活を事細かに絵にしたものもあります。
―人々の暮らしの中に息づいていた異界への畏怖と敬い。
そんなことをぼんやりと感じながら、自転車を漕ぐとすぐそこに『クマに注意!』の立て看板が、、。深い山へと続く細い道の入り口にありました。
卯子酉神社
遠野の町の愛宕山の下に、卯子酉様の祠がある。その傍らの池には片葉の蘆を生じる。昔はここが大きな淵であって、その淵の主に願いをかけると、不思議に男女の縁が結ばれた。
また信心の者には、時々淵の主が姿を見せたとも言っている。
【遠野物語拾遺 第三十五話】より
本の紹介~『ざしきぼっこの話』~
輪になって遊ぶこどもたち、10人で遊んでいるはずなのに何度数えても11人いるとうお話。
月夜に北上川の船頭が紋付袴に刀をさしたきれな姿の子どもを乗せる話。
他2編が聞き書きのかたちで語られます。不思議だけどひょっとしたらありそうな、、そんなお話です。
お読みいただきおありがとうございます!
今回は、数年前に岩手に賢治を訪ねて旅した帰り道に、遠野を訪ねた時の思い出を載せてみました。
街中をレンタルサイクルで慌ただしく走ったでけでしたが、とても楽しかったです。
山城のある町津和野と遠野、どちらも”神さま”の話題を織り交ぜましたが、いかがでしたか?
些事に埋もれて心に隙間が無くなると、子どもの頃の不思議な感覚なんてすっかり忘れちゃいますよね。
何かを信じ続ける気持ちは、私たちの心の奥底に眠っている、眠らされている?そんなことを書いてみたかったのですが。どうでしょうか?
「遠野物語拾遺」「ざしきぼっこの話」はどちらも青空文庫で読めます。
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