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​~心に風を~
​ちょっと気分転換したい時にピッタリの短編を紹介します。
中島敦 『木乃伊』(ミイラ)
 前世の記憶に翻弄される一人の男の物語。 
 
 ペルシア軍の将校パリスカスは、どこか夢想的で周囲に馴染めない人物。そんな彼は、従軍したエジプト侵攻の際、奇妙な既視感を覚えます。
 知るはずのないエジプト語が読めたり、横たわるミイラがまさに自分だと感じたりします。合わせ鏡に映すように次々と蘇る前世、前々世、前前々世の記憶にパリスカスは戸惑います。
 輪廻転生は現実なのか、それとも孤独が彼を追い詰めたのか、重厚な筆致で描き出すペルシャ・エジプト奇譚。

 
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​アピギギ
ココナッツをたっぷり使って、バナナの皮に巻いて焼き上げたスィーツ
​ 高校の教科書の『山月記』を読んで、こんなカッコイイ日本語が!と思った方も多いのではないでしょうか。
 儒家の家で育った中島敦の文体は漢文調で、明快かつ格調高く重厚です。読む人を時空を超えた世界に連れ去ってくれます。

 中島敦は、南洋庁国語編集書記として現地の教科書を編纂する仕事をしていました。日本に残した家族に宛てて愛情のこもった便りを出しています。
 
『ことしの夏は海へ行ったかい?

南洋の海の水はとてもきれいで、ずっとそこの方まで、すきとおって見えるんだよ。

さかながなん百ぴきもおよいでいるのが、すっかり見えて、ほんとうにきれいだよ。

 

この間ぼくは、とてもめずらしいものをたべたんだぜ。

なんだかあててごらん。

海にすむものでね、君のしってるアンデルセンのお話にでてくるものだよ。』

梶井 基次郎 『海』
​ 人類の故郷である”海”。海を語る未完の断章。

「・・・僕の思っている海はそんな海じゃないんだ。そんな既に結核に冒されてしまったような風景でもなければ、思いあがった詩人めかした海でもない。おそらくこれは近年僕の最も真面目になった瞬間だ。よく聞いていてくれ給たまえ。・・」
 父親の転勤で東京から三重県志摩に引っ越した梶井基次郎はそこで、志摩の海に親しみながら
幸福な少年の日々を過ごしました。

 自分自身でも持てあます独特な感性に向き合い言語化していくことで、世界を切り開いて私たちに見せてくれた梶井基次郎。彼の心の波の音が聞こえてくるような小説です。遺稿で未完なので続きが気になりますが、、。
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 お洒落な生活様式を愛した基次郎は、紅茶はリプトン、バターは小岩井と銘柄にこだわりがありました。  
 西洋雑貨も好きで、珈琲引きで豆を弾き、サモワールでお茶を沸かして愉しんでいました。
 基次郎は、遠くの花の匂いをかぎ分けたり、汁物に少しだけ混じった砂糖の味を判別できたりする程の繊細な五感の持ち主だったようです。
 鋭い感性から文学の路を選びながらも生前はそれほど評価されず孤独を抱えていた基次郎。
​ 若くして結核で亡くなった彼の棺桶には、遺言通りお茶の葉や草花が敷き詰められました。
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西洋料理のカツレツやビフテキも大好きでした。
太宰 治 『恥』
​ 『婦人画報』に掲載された『恥』は、大学教授の娘 和子が主人公です。自分の知性に自信を持つ彼女は、小説家の戸田にむけて「もっと勉強した方がいい」という趣旨の手紙を出します。
 その手紙の直後、雑誌『文学界』に載った戸田の新作小説のモデルが自分に違いないと思い込んだ和子は、ついに彼の自宅を訪れるという行動に至るのでした。

 和子は、禿げ上がり知性も教養も無く低俗な夫婦喧嘩を繰り返していると戸田を見下しきっていました。ところが行ってみるとそこは薔薇の花咲く小奇麗な一軒家。そして上品で美しい戸田の妻が彼女を出迎えます。知性的で落ち着き払った戸田と会話するうちに、自分の思い上がりと独り相撲に気づき、”恥”を覚えるのでした。

 
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 痩せて神経質そうな太宰ですが、井伏鱒二に「一緒に鍋を食べると太宰に全部食べられてしまう。」と言わしめるほどの大食漢でした。

 名作『津軽』の中では、蟹、しゃこ、蛸が好きだと告白していますが、津軽のものは全て好きだったようです。
太宰らーめん 
 太宰が好きだった根曲がり竹、若生昆布が入っています。根曲がり竹と若生昆布は、どちらも津軽の春の味です。
寺田寅彦 『コーヒー哲学序説』

『芸術でも哲学でも宗教でも、それが人間の人間としての顕在的実践的な活動の原動力としてはたらくときにはじめて現実的の意義があり価値があるのではないかと思うが、そういう意味から言えば自分にとってはマーブルの卓上におかれた一杯のコーヒーは自分のための哲学であり宗教であり芸術であると言ってもいいかもしれない。』-本文より。

 欧州留学時代に飲んだ珈琲の思い出が描かれた場面が素敵でした。読んでいると自分も若き寺田博士と欧州の街々を歩いているような気分になりました。香ばしいシュニッペルや棍棒のようなバゲットと一緒にいただく珈琲、美味しそうですよね。
 街角のカフェで独り郷愁に駆られながら飲む珈琲にも憧れました。

​ 何故か生きる勇気が湧いてくるそんな名随筆です。
 
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 端的で明晰な文が幾層にも重ねられて、心地よいリズムがあり、寺田寅彦の文章は読んでいてとても楽しいですね。
 
​ 閃きの源としての珈琲のほか、クリームや砂糖がたっぷりかかったイチゴも大好きだったそうです。
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 お読みいただきありがとうございました。
​ 作品はすべて青空文庫で全文読めます。思うままにならない日常から離れて心に風を感じたい時の処方箋としていかがでしょう。
​ 読み終わったあとに、気持ちが少し変わると思います。

 
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