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 物語のレシピ
   ~平安スィーツ~​
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 『芋粥』
 ~夢と希望の平安スィーツ~
 
 芥川龍之介が文壇デビューを果たした『芋粥』、お粥だと思って読んでいた人は多いのではないでしょうか。恥ずかしながら、私もその一人。
 でもこれ、スィーツなんですね。
​ 『芋粥』は、風采のあがらない下級役人の五位の侍の物語です。周囲から馬鹿にされながら生きる彼のひそやかな欲望、、それは「芋粥を、いつか飽きるほど食べたい!」というもの。ある集まりで、その望みを耳にした藤原利仁が、「ならば私が、あきるほどご馳走しましょう」と言って彼を田舎の屋敷につれて行きます。
 大鍋にいっぱいの芋粥を実際に目にして、五位はなぜか食欲が失せてしまうというお話。
 
 人間は、時として、充されるか充されないか、わからない欲望の為に、一生を捧げてしまう。その愚をわらう者は、ひっきょう、人生に対する路傍の人に過ぎない。(『芋粥』本文より)
 
 う~ん!深い、、
 一生を貫く欲望、、その満たされない飢えた気持ちこそ幸福を形作るピースであるという芥川の主張。
 ”執着”ともいえる気持ち、そんなこだわりの気持を起こさせるのは、”お粥”よりもスィーツがぴったりな気がします。いつかいつかって気持ちを前に向ける力をもった”スィーツ”それが芋粥なんですね。
 平安時代の饗宴の記録には『芋粥』は本当に最後に配られるスィーツだったことが記されています。
(くわしくは、『日本食の伝統文化とは何か』橋本直樹著を是非!日本人の味覚や料理の文化の形成について書かれた良書) 
​ 『芋粥』では五位を追い詰めるものとして狐が登場します。狐を意のままに操る利仁を見て卑屈になり、さらには最後の場面、庭にあらわれた狐に、芋粥を投げてやる利仁の行動に五位の夢は無残にも踏みにじられてしまいます。
 五位が気の毒、、涙、、
 
 芋粥、もしこんな感じだったら、、
 利仁も狐に投げ捨てるのに躊躇したのでは、、(近くの和食のお店でたまたま出たのですが甘くて美味しかった!)
​  平安時代の食事では、煮たり焼いたりしたものを酢、塩、醤、酒の各調味料につけて食べていました。魚も鳥も様々な種を食べていた記録がありますが、今のような和食の基本形、日本料理と呼べるものができたのは室町時代のころだったようです。
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【夢を取り戻すには!?】
 ~それからの五位~
 意気消沈して京へもどった五位は、その夜、不思議な夢を見ました。
 彼は、知らない場所で見たこともない料理を目の前にしていました。豚肉に衣をつけて揚げたもの、甘辛く煮た野菜、そして黄色の汁からはふんわりと良い香りが広がります。どの料理も口をつけると味が素材にしっかりとしみ込んでいます。
 
 そして最後に小さなお椀に、すり潰して固めた山芋を蒸して甘い汁で煮たものが盛られていました。定規で切り揃えたような美しい形、繊細で深い味わい、、五位がそれを口にすると、強烈な甘味が身体を巡りました。
 次の日、目が覚めた五位は、狐につまれたような気持ちで、あの山芋の料理を作ってみたいと思うのでした。この平安の世には、存在しないあの夢の料理を。そして、今度ばかりは、この希望を誰かに取り上げられないよう用心しなければと思うのでした。
(以上、もし五位がトンカツ定食を食べたら、、でした!)
​ 利仁と五位には歴然とした格差があります。そして五位は受け身な人物です。読んでいくうちに、大人と子どもの関係を考えさせられました。
 子供たちが持つ小さなやる気、削いでしまうのは往々にして大人たち、、小さな欲望も人生を支える希望に変わるよう接したいです。
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~芋粥のレシピ~
 ツタから採れる甘味料をアマヅラ(甘葛)といいます。平安時代の甘味として重宝されたようです。
ほんのわずかしかとれないみたいなので、量を集めるのは大変だったと思います。
 
芋粥は薄く切った山芋をアマヅラで煮たものらしいです。
 どんな甘味なんでしょう、、気になります。
唐菓子にトライ!
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 唐菓子は、平安貴族の一般的なお菓子で、遣唐使によって伝えられ、神饌に用いられた他、市でも売られていたようです。米粉や小麦粉を水で捏ねて甘葛や蜂蜜で甘味をつけ、油で揚げたお菓子です。
 ん、、? 何か作れそうですよね。
 蜂蜜と中華の香辛料があったのでそれをしっかり入れて胡麻油で揚げました。
​ 形は色々あって、様々意味があるらしいのですが、見よう見まねでねじったりひねったり、、当時は小豆餡が無かったそうなので干し杏を中に入れて饅頭形にしてみたり、、
 ちょっと柔らかかったのですが、すごーく美味しかったです。
 形をつくるのも面白かったです!
​  『源氏物語』では、紫の上(本妻)が明石の姫君(愛人の子ども)を迎え入れるのにこのお菓子を用意しています。
 こなたにて御くだもの参りなどしたまへど、やうやう見めぐらして、母君の見えぬをもとめて、らうたげにうちひそみたまへば、乳母召し出でて、慰め紛らはしきこえたまふ。(『源氏物語』
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【平安スィーツ~おまけ】
【餅たん】
 『枕草子』の中で藤原行成が清少納言に贈ったお菓子です。
 ”白き色紙につつみて、梅のいみじう咲きたるにつけて持てきたり、”、、切り分けたお菓子を白い紙で包んで、梅の花が咲いた枝などをあしらえて箱に入れて届いたのですね。
 竹筒状の薄い餅で肉を包んだものですが、形が絵巻もののように見えたというのが、まさに、”おかし”の世界、、
 
 
 
 お読みいただきありがとうございました。
 宮中の副食や調味料を担当する大膳職(だいぜんしき)には
二名の主菓餅(くだもののつかさ)が置かれていたそうです。
パティシエがいたわけですね!
 
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