翼文庫
Little Hiyori and Tyobi
~風島物語~
亡くなったおばあちゃんの引き出しで見つけた不思議な方位磁石。
形見の品を返すために渡った島で過ごす二日間の物語。
☆海や島が出てくる本も紹介しています。
港から港へ
夏の庭に槿や夾竹桃が咲く夏が来ました。
女の子は、読んでいた本を閉じるとため息をつきました。近頃、なんだか自分が地上から消えてしまいそうな、まるで自分が薄い影のよ”うな変な気持ちがするのでした。
そんなある日、女の子はおばあちゃんの机の引き出しの中に、小さな不思議な機械をみつけました。
金属でできた古い方位磁石。真ん中の針のまわりにぐるっと卯、辰、巳、牛、、、と漢字があります。
「何に使ったのかしら?」
女の子は、めずらしくてたまりません。
「おばあちゃんの家のものだから、返しておいで」
おじいちゃんは女の子に言いました。
裏山のてっぺんから海とたくさんの島が見えます。その中の一つがおばあちゃんの生まれ育った島でした。
そこで女の子は読みかけの本をリュックに、その不思議な道具をポケットにしまうと、チョビと一緒に、港に向かって出発しました。
近くの島と遠くの島が折り重なりながら船の脇を通り過ぎていきます。
船は、島から島へ、港から港へ飛ぶように渡っていきました。
おばあちゃんの島は、島々のあいだを吹く風の通り道の真ん中にありました。
「風島で降りますから!」
女の子は大きな声で叫びました。声は、向い風やエンジンの音にかき消されてしまいました。
聞こえないのか、不愛想なのか、船員のおじさんは黙ったまま船を操っています。
でも、おじさんは女の子がどこの子でどこへ行くか、すっかり知っていたようです。
古い石灯篭がつきでた港が見えるとおじさんは、女の子に頷いてみせました。
~本の紹介~
絵本『わたしのだいすきなふねは』
漁をする船、海底を掃除する船、車を乗せるフェリー、貨物船、タグボート、ヨット、、、いろんな船が出てきます。自分のお気に入りの船を見つけてみてくださいね。
おばあちゃんの家
「最初に食堂の大島さんを訪ねなさい」
おじいちゃんから聞いていた船着場の食堂はすぐに見つかりました。
「こんにちは」
女の子が大きな声で挨拶をすると、暖簾をくぐって日に焼けた大柄な男の人が出てきました。前掛けで手を拭きながら、にっこり笑って
「よく来た。よく来た。」
と言って、先頭に立つと、家々がひしめき合う細い路地へ入って行きました。
「さぁ、ここだ。」
古い格子戸の家の前に着きました。
おじさんは、女の子の肩を優しく叩いて、食堂へ帰って行きました。
女の子はガラス戸を引きました。
座敷と土間が、ずっと奥まで続いていました。
奥の座敷に縁側がありました。縁側のむこうに、小さな中庭がありました。その真ん中で芭蕉の葉が青々と輝いていました。
海からの風が、家の中を通って、土の匂いと畳や木の匂いを運んできます。
「よくきたわねぇ」奥から出てきたおばさんが迎えてくれました。
「これです」
女の子は座卓の上にそっと磁石を置きました。
「うーん。随分古いわね。離れの書斎にはいろいろ古いものがあるからそれと一緒にしておいたらどうかしら」
中庭の方を指して、おばさんは女の子に言いました。
中庭の端に小さな建物が見えました。
そして二階に向かって
「ちょっと降りてきて!」と大きな声で誰かを呼びました。
「はいはい。」と言いながら、一人のお兄さんが階段を降りてきました。
「これ何かわかる?」
おばさんの息子さんだというその人は、大学で難しい勉強をしているそうです。「お盆で島に帰省しているの」とおばさんは、嬉しそうに紹介しました。
お兄さんは、磁石を見るとすぐに頷いて、そしてちょっとその不思議な機械を持ち上げて揺らしました。
「船磁石ですね。だけど、壊れてるな。」
お兄さんは、ちっとも日に焼けていない柔らかそうな手の上で磁石を傾けています。もう片方の手で眼鏡を触りながら針や目盛りを調べています。
~本の紹介~
絵本『ちいさな島』
昼はカワセミやカモメが巣をつくり、夜は蛍が飛びフクロウの鳴き声が響く美しい島のお話。ピクニックにやってきた子猫は言います。「ぼくも、小さな島かもね」。哲学的なセリフに大人もハッとさせられる絵本です。自分の世界も豊に持ちながら大きな世界とつながる小さな島へ行ってみませんか?
怪しい書斎
「さぁさぁ、もうお昼だわ。お寿司を作ってあるからね」
座卓の上に、卵焼きやシイタケの甘煮、むきエビ、貝、酢でしめた魚がのったお寿司や鯛とワカメのお吸い物が並びました。海のいい香りがします。
「たしか、書斎に『針筋記』があったよ。それと一緒にしておいたらどうかな」
少太りなお兄さんは鼻の頭に汗をかきながら、最後のお寿司を美味しそうにたいらげています。
「針筋記?」
と女の子が不思議そうに聞きました。
「船磁石の使い方の本だよ。舵をきる方向を記したものだよ。航路の場所ごとにね。昔は廻船に備え付けてあったんだ。」
お腹いっばい食べて、お兄さんは満足そうです。首にかけたタオルで汗を拭きながら、団扇で自分を仰いでいます。
「廻船?」
大きな寿司桶がすっかり空になったのを眺めながら女の子が聞きました。
「荷物を積んで商売をしながら航海する帆船のことさ。この家は、昔は廻船の荷物の取次や船宿していたんだよ」
お饅頭が並んだ大皿に手を伸ばしながらお兄さんが言いました。
昼食の後、お兄さんは離れの書斎を案内してくれました。
棚という棚、箱や机の上も、本でいっぱいです。壁には掛け軸や地図。机の上には、古いタイプライターや硝子のランプ。どれもこれも古いものばかりのようです。
女の子は部屋の隅の薄暗い場所から二つの眼が自分を睨んでいるのを見つけて思わず悲鳴を上げました。
達磨の置物がじっとこちらを見ていたのでした。
女の子はなんだかその目が動いたような気がして恐ろしくなりました。
お兄さんは笑って窓の雨戸を開けました。窓からいっせいに明るい光が入りました。
「この離れは、曾お祖父さんの書斎だった部屋だよ。」
「おばあちゃんのお父さん?」
「そうそう。歴史を調べるのが好きな人だったから、お寺や神社や古い家の古文書が随分とある」
難しい漢字が並んだ古文書を手に取るとお兄さんは、フッと埃を払うと表紙の文字を読みました。
『風海道船問屋覚え書き…』
お兄さんは、そう言ってぱらぱらとページをめくりました。
「風や潮を待っている間、いろんな場所から来て一緒になった人たちが、故郷の話や船旅の途中の出来事を披露しあったんだ。それを聞き書きしたものだね。」
女の子は、近くにあった古いアルバムを手に取りました。もう、みんな亡くなってしまった人ばかりに違いありません。でも、写真の中の人たちは、皆、生き生きとしています。
「ちょっとー!」母屋からおばさんが呼ぶ声がしました。
「はいはい」お兄さんは、せかせかと母屋に戻っていきました。
女の子は、じっとアルバムに見入っていました。どのくらい時間が経ったでしょう。後ろで妙な音がしました。
「もしもし、ちょっと、もしもし、、、」
後ろを振り向くと沢山の本が並んでいる棚の方から声がします。女の子はびっくりしました。
「ちょっと、ちょっと、そんなに驚かないでくださいよ」
「あやしいものじゃありません」
どうやら本達が喋っているようです。
「いえね、おじいさんの曾孫さんが訪ねて来てくれて、私たちも嬉しくってねえ。はいはい。船磁石を戻しにきてくれたんですよね。知ってますよ。ご親切にありがとうございます。」
「ほーらびっくりさせちゃって!おびえてるじゃない!」
古い和綴じの冊子がぶるぶるっと震えました。
「僕たちあなたの曾お祖父さんと曾お祖母さんにはお世話になったんですよ」
”『数学三千題』という表紙の本が棚から転げ落ちました。
「私は、あなたの曾お祖母さんの持ち物だったんですよ。」
桔梗の花が描かれた素敵な装丁の本が自慢げに言いました。
「あなたの曾お祖母さんはね、小さな妹と本の入った籠と一緒にこの島にお嫁に来ました。波がとっても高くて小舟は随分揺れました。私たちは、心配で心配で、、」
涙声が部屋に響くと、それを聞いていた本達が一斉にブルブルっと震えました。
「その後、曾お祖父さんのこの書斎で一緒になって、僕らはすっかり仲良くなったんですけどね」
「そんな話よりほら!」
「大事なことを伝えないと!」
本たちは一斉にあたりをうかがうように静まり返りました。
「この島のどこかにある”海賊の宝物”を探して欲しいんです。お願いします。あなたの持ってる船磁石と曾お祖父さんの研究ノートがあれば、、」
声を潜めて一冊の青い本が言いかけた時でした。
中庭でチョビのクゥンクゥンという鳴き声が聞こえました。
中庭の芭蕉の葉が垂れている辺りに瓦が積んであります。そこに鼻づらを突っ込んで何かを一生懸命引っ張り出そうとしています。でも、トケイソウの蔓が絡まっています。
「チョビ!」
女の子が呼んでも、チョビはひたすら引っ張り続けています。
チョビが引っ張り出そうとしていたのは一冊の古びたノートでした。
女の子が振り返ると書斎の本達は何もなかったように静まり返っていました。
~本の紹介~
『べニスの商人』シェークスピア
イタリアのべニスが舞台。友達のために高利貸のシャーロックからお金を借りたアントニオ、自分の商船が、難破したとの知らせが入り、、。
アントニオは貿易商人です。情にあつく正義感の強い若者である彼は、友人のために「今航海に出ている船団の荷物で返すから」とシャーロックに借金を申し込みます。
岬
縁側に座り直すと女の子はノートをめくってみました。
ノートはどの頁にも難しい漢字がビッシリと書かれていました。ノートの真ん中あたりに、島の地図が張り付けてありました。天狗岩、涙石、夫婦岩、、島の地名は面白いものばかりです。地名の横には、細かな字で走り書きが見えます。
女の子はノートをギュッと握りしめながら、昨日、ひそひそ本達が囁いていたことを思い出しました。
『本達が言っていた研究ノートとは、きっとこのノートのことに違いない。島のいろんな場所にバツ印がついているのは曾お祖父さんもきっと宝物を探していたからよ。
でもお祖母さんが船磁石を隠したせいで、海賊の宝物を探すことができなかったんだわ!』
その時、二階から降りて来たお兄さんが
「ほい!」
と言って船磁石を女の子に渡しました。
「修理してみた。直ったはずだよ」
女の子は、船磁石を受け取るともう一度ノートに貼り付けてあった地図を見ました。
一カ所だけ赤く囲んであるところがあります。それは、島の西の端の岬でした。
”月岬、隠れ砦”と書いてあります。
「行ってみなくちゃ!そこに何かある!」
女の子は、そう叫ぶと自分のリュックを担ぐとチョビのリードを掴みました。
「あら、そんなに慌ててどこに行くの!」
玄関から飛び出していこうとする女の子にむかって、おばさんが声をかけました。
「ちょっと、島の探険に!」女の子は飛び上がって答えました。
「一人じゃ、あぶないわ!」
おばさんは、心配そうに言いました。
「明日は港に図書館が来る日なんだけど、港まで来られない人のために本を届けにまわるから、一緒に島を案内してもらいなさい」
明日は二週間に1回、港に図書館船が着く日なのでした。
その夜、女の子は夢を見ました。
本を持ってチョビと町を歩きます。町は静まり返って誰にも会いません。女の子は、海辺で一人で本を開きます…
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~本の紹介~
『宝島』
大西洋の孤島に隠されたという財宝をめぐって、海辺の宿屋の息子少年ジムと海賊が争う大冒険の物語。
『土佐日記』
平安時代、土佐(高知)の国司の任を終えた紀貫之の旅日記。京へと戻る途中の船旅では、風がおさまるのを待ったり海賊を恐れたりする場面が描かれています。
次の日の朝、叔母さんは美味しい朝ごはんを用意してくれました。干物や漬物、お味噌汁、卵焼きに大根おろし、野菜の煮物、小魚の佃煮が並びました。
お兄さんは、4杯目のおかわりをしています。
「美味しいでしょう。その干物、なんと僕が釣ったんですよ」
なんとお兄さんは食いしん坊なだけでなく釣りもするのでした。
船着場は、本を読むことを楽しみにしている人達で賑わっていました。
おばさんは簡易式のテーブルを出して受付を作っています。
島にこんなに人がいるのか、、女の子は驚きました。
路地から小さな子供や大人たちが本を持って出てきました。本を選ぶために、次々に図書館船に乗り込んでいきます。
女の子はお兄さんを手伝って、町の中を本を配ってまわりました。
赤くて背の高い郵便ポストの日陰に小さな猫が昼寝しています。格子戸や玄関の電灯下で、鉢上の朝顔や女郎花の花が咲きこぼれていました。町には、赤と青のクルクル廻る理容院、駄菓子屋、時計屋さん、小さな映画館もありました。
本を運ぶのはなかなかの重労働です。お兄さんは両肩に本を担いで運んでいます。チョビも専用の鞄に本を入れてお兄さんの後をついていきます。
お店をやっていて本を取りに来れない人、人の集まる場所が苦手な人、手の離せない老人や赤ん坊を抱えている人、配達を頼む理由はいろいろでした。
昔は海女だったというおばあさんは、海が荒れた日に、幽霊に助けられた話を聞かせてくれました。戦争中に島にあった化学工場や生みに沈んだ艦船のことも聞きました。戦争に行った若い男の人の写真が額縁に入れられて飾ってある家もありました。
不思議なことに、さっき、受付で本を借りていた男の人にそっくりでした。
全部の本を配り終えるとすっかり辺りは暗くなっていました。
「あそこに見えるのが月岬だよ。」
トラックは、岬に続く道路をのぼって行きました。
岬の上に、大きな岩が積んであるのが見えました。
夕日で海が真っ赤に染まっています。
空も海も雲も赤く赤く、、
岬はそんなに海から高くありません。崖下には確かに洞窟が見えます。小舟が隠れるくらいの大きさです。
女の子は、リュックから方位磁石を取り出しました。すると針はユラユラと動きだして、一つの方向を指しはじめました。
チョビと女の子は針の指す方向にむかってソロソロ歩きました。
針はまるで生き物のようにユラユラユラユラ動いています。
針は洞窟の中を指しているようです。恐る恐るその洞窟にはいりました。奥の方は真っ暗です。寄せては返す波が岩にぶつかっては音を立てていました。洞窟の中には小さな祠がありました。その下に潮だまりができていました。
近づくと、針はその中の石の一つをしっかりと指しているのです。
岩の壁にできた小さな穴から指す赤い夕陽が、潮だまりのその石を照らしていました。
女の子はそっと手を入れました。
石にはフジツボやイソギンチャクがはりついています。おそるおそるその石を触ると石はゆっくり動きました。石の下には古くて小さな硝子の瓶がありました。
瓶の中には、何かの影が見えます。
太陽はもうすっかり海にむこうに沈んでいました。夕闇がせまっています。大きな月が空な白い月が見降ろしています。月の光は硝子の中身を映すには弱すぎました。もっと中をよく見ようとした時、
「おーい!おーい!」
お兄さんの声がしました。
「おーい!大丈夫かぁ!」
お兄さんは、岬の上にむかって猛烈ないきおいで走ったかと思うと、次の瞬間、まるで魚を捕まえる鳥のように、海にむかって飛び込みました。
大きな月に映ったお兄さんは本物の鳥のようでした。それから、泳いで洞窟までやってきました。
バシャバシャと水しぶきを飛ばしてズボンもシャツもずぶ濡れです。
硝子の箱は女の子の手から落ちてパリンと割れました。
粉砂糖のようにキラキラと光る硝子の破片の中に、一冊の手書きの絵本がありました。
夕食は、カワハギの煮つけ、お刺身、野菜の味噌汁、タコご飯と海藻の佃煮、キスと畑の野菜を天ぷらにしたものでした。
知り合いの漁師さんに魚をもらっている間に、女の子の姿が見えなくなったので、お兄さんは助けるつもりで海に飛び込んだそうです。
「子供の頃からよく飛び込んでた場所だからなぁ」
照れながらお兄さんは頭を掻いています。
隠し砦でみつけた本はとても綺麗な色の挿絵が入っていました。
表には「風島海賊縁起」と書いてあるそうです。
岬のまわりは、渦や強風で海の難所でした。
風島海賊はふだんは畑を耕しながら、行きかう船の道案内をして、案内料や通行料をとっていました。廻船の船頭とやりとりしながら、船荷の安全を守るために、別の海賊とやり合うこともありました。
ある時、大きな戦争が起こって、負け方についた風島海賊は、相手の水軍に壊滅的に叩かれます。
最後の一人が岬の砦に隠した宝物は、自分たちの由来をしめす一冊の絵本でした。
本は硝子の箱に守られて、色も鮮やかなままです。
その夜、お兄さんは、その本を読んで聞かせてくれました。
流行り病で船を降ろされた高貴な身分のお姫様とその従者が海賊の祖先でした。
その夜女の子は夢を見ました。
女の子は岬で本を読んでいました。いつのまにか陽が落ちて、あたりは暗くなりました。
すると急に強い風が吹き始めました。女の子が置いたランタンが大きく光始めました。
すると、沖から金色に光る沢山の船がやってきました。…
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